山と木と家具を想う ③無垢の木の家具を想う


自然との共生

エコな社会

持続可能な社会(サスティナブル)

いつの時代もこのような言葉達で語られる

もはや「スローガン」で終わってはならない・・



なんといっても

無垢の木で家具を作れる喜びは

人が、なんとなく心地よく感じられる素材であること
・・・この「なんとなく」が、とっても大事で。

また、やがていつか、その役目を終えたときにも、元の土へと還っていけるということ。

これに尽きる。

クルミ材2

これはクルミの木。
下の輝いているところ。
ここは、かつてこの木が枝を支えていた節の近く。(木の枝というのは、例え細い枝でも結構な重量がある。)

他にも、曲がった幹を支えて物凄い力がかかっていたところには、〝アテ″といってとても綺麗な模様を輝くように見せることがある。

そういうものに出会うと、その木が、「オレ、頑張っていたんだよ!」と訴えているような気がする。

木の力。

ちょっと、感動する・・。

クルミ材

同じ木の裏側。
どちらも、とても愛おしい・・。

木は意図していないだろうが・・
勝手に、木の生き様を感じ、大きな何かを感じる。

そうやって木に向き合うと

木も一生懸命生きて、森の中で、山の中で、役割を果たしていたのだろう、と思う。

山や森で、他の生き物たちとの共生をはかり、何かに(地球に)負担をかけることなく、持続可能な調和と安定を守ってくれている、と思う。


最近頻発する浸水災害。
毎回、水に浸かった家具が、災害ゴミとして積まれるニュースを見るたびに胸が痛む。
これが無垢の木の家具なら、修理が必要でもまた使い続けることも出来るはずなのに・・。
このこと自体は、災害という被害に遭われた人にとっては、想像もつかない状況の中で仕方がないことだとは思う。


もう一度、「生き方」として。

使い捨ての物が果たして共生のサイクルに沿っているのだろうか、とか。
コレは共生のサイクルから外れていないだろうか、とか。
今日の自分は、大事なことは何なのか、忘れてはいないだろうか、とか


無垢の木の家具を通して、木の事はもちろん、山の事、森の事、生きていく糧のこと、
欲張って、出来るだけ多くの事を伝えていきたい、と思う。
もちろん、たくさんの自戒も込めながら。


人も地球上の生き物である以上、共生の中でこそ、生きてこれたはず。
生き物の生きる糧を与えてくれる故郷。

だから、忘れないでいきたい。

人も、自分も出来るだけ
共生というサイクルの中で生きてゆけたら。

たとえ電気を使って暮らしていても。

出来るだけ・・。








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ててろう

Author:ててろう
山の生活を楽しみたい。
薪割り、草刈り、鳥の声・・。
やることは山ほどあって、生きるって忙しいんだって、そんな当たり前の事を知りました。

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