こんな『手』になりたくて
決め手は、見知らぬ年配女性の「手」だった。
農作業中の、土にまみれた手。
まるでグローブのような、パンパンにはった太い指。自分の手よりも、小さいはずの手が、何故か大きく見えた。
広い山の土地を求めて、あちこち探し歩いていた時期。
房総半島、那須、山梨や福島・・・、小さかった子供を連れて家族で旅行を兼ねて行くこともあれば、一人で車中泊をしながら土地を探し歩いていた。
なかなか思い描いたような土地との出会いがなく、妻の実家に近い長野県あたりで探してみようかということになった。
四季がはっきりしているところが良いなとは思っていたけれど、長野は雪が凄いというイメージがあって、最初はあんまり頭になかった。
昔、バイクに乗って色々なところへツーリングへ行っていた事がある。
でも、なるべく、遠く、それも北海道の宗谷岬だの九州の佐多岬だの先っぽを目指してたこともあり、昔からバイク天国で有名だったのにも関わらず、海の無い長野県は諏訪湖あたりしか、良く知らなかった。
長野訪問の一回目は、家族で来た。
なんとその時には偶然、ここ佐久市に宿泊をしていた。
でも、何にも感じず、何の予感もなく、むしろ「ここじゃないよなぁ。」と。
その時は、野沢温泉などをめぐり、いくつか土地を見るものの、単なる楽しい旅行になって帰ってきた。
二回目。長野市の北部の土地物件を見に、一人で行った。
でも、やっぱり、「ここじゃ、ないなぁ。」と。
帰路、それでもせっかく来たんだからなぁと飛び込みで入った不動産屋さん。
事情を話し、いくつか案内してくれることに。
一つ目は、確かに広い土地だったが平地で、希望とは違った。
それでも、このころは土地探しも慣れていたのでガックリとはならなかった。
でも、連続する空振りに、少し疲れていた。
その時、その土地に隣接する畑にいる女性が見えた。今となっては、何故その人に話かけたのか、何を話したのか覚えていない。
ただ、その人の「手」に感動したことだけは、忘れられない。
働くひとの手。
それも、生きるために必死に働くひとの手が、あった。
そして、満面な笑顔。優しい笑顔。
なんか突如として感動の感情が湧きあがってきた。
俺も、こういう手になるように生きていきたい。
そして、ここはそういう手になる人が生きているところだ。
そんな感動をひきずったまま、次に連れられてきた場所が、ここ。
こんな奇跡があるのかと思うくらい、思い描いていた山の土地。
でも、最後に、この土地にしようと決断できたのは、長野のこの地でやっていく希望と確信をくれたあの「手」があったから。
あの「手」。
いつか、あんな手になれるようにと、ずっと思ってやってきた。
でも、まだまだ。
ちなみにこれが、現在の自分の手。

まだまだ、青い!
青いねぇ…。